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南仏絵皿

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南仏の絵皿を買いました。
このお皿を眺めていると、もう今から20年も前の断片的な、でも忘れられない、私にとって衝撃的で幸せな記憶が次々と浮かんできます。
延々続く丘陵の夏のからりとした風、子供たちのにぎやかな笑い声、テーブルに並んだお料理、葡萄棚のテーブル、大人たちの優雅なフランス語‥

そのころ私はピーター メイルの<南仏プロバンスの12か月>に触発されて南仏に多大なあこがれを持っていました。そんな時、母の友人のクレアが、家族所有の南仏の夏の家に母と私を招待してくれたのです。

その家は、普段パリに住むクレアの両親が、自身の子供たちや孫たちとともにバカンスを過ごす家でした。
クレアの両親、クレアの妹アン、アンの小さな4姉妹が滞在しているところに、クレアと私たち母娘までも加わった形になりました。

老若男女、大勢の食事の世話を一手に引き受けてくれていたアンに、当時の私は多大な影響を受けました。
アンが作る料理はまさにフランスの家庭の味ーそれまでのフランス料理のイメージをすっかり覆されました。

朝は村で焼き立てのバゲットや田舎パンを調達して、そのパンとアールグレイのミルクティにフルーツ。パンにはバターと南仏の花のはちみつをたっぷりつけます。そのパンとはちみつの美味しさはいまだに忘れられません。クレアですら、この村に来た時の楽しみはこのパンだ、と言っていました。

夕食は日が長い南仏にあっても、いつもとっぷりと日が暮れてから始まりました。子供たちは食事を先に済ませて、シャワーをしてベッドに入ってからが大人の食事の時間です。その家に滞在していた間中、子供たちとテーブルを共にした日は一度もありませんでした。

いつもテーブルには銘々決められたナプキンが大きなお皿の上に置かれています。クレアの父が自家製のワインをそれぞれのグラスに注いでくれ、自身はワイングラスに半分のワインを注ぎ、その上から水を足します。(彼は健康上の理由でいつもワインの水割りでした)

アンがキッチンとテーブルを何度も行き来しながら、料理を順に運んでくれます。
まずはたっぷりのサラダ。いろいろなレタス類がドレッシングで和えられたものの時や、ざっくりと切られたトマトがドレッシングとハーブでマリネされたサラダの時もありました。
大きなボウルを順番に回しながら好きなだけお皿に取り分け、最初にたくさん食べます。

続いてメイン料理ー大きな一匹のマスのおなかにふんだんにタイムとローズマリーを詰めて、さらにかぶせて包み焼いた料理、豚肉の塊をシンプルにローストした料理など、味付けもいたってシンプルなオーブン料理が定番でした。味付けも塩味がメインで、ハーブでアクセントがつけられていました。素材のうまみを存分に感じる食べやすいお料理ばかりでした。

最後はデザート。大きな木のトレーに並べられた様々な種類のフロマージュ。フロマージュを食べない人はヨーグルトを。小さなお菓子がたくさん並んだ時もありました。

とにかく料理すべてがシンプルで、食べやすくてとてもおいしい!ハーブ使いが新鮮で感激したのを覚えています。フランスの家庭料理はレストランで出てくる料理とは全く違うものだということを実感しました。

この時の経験は、まだ料理やお菓子を学び始めたころの私には多大なる影響を与えてくれるものでした。
レストランの料理ではなく、家庭で食べられている料理を習得したい!という思いを強く持つきっかけとなりました。


この南仏絵皿を見た瞬間、あの夏の家での経験がよみがえりました。テーブルに並んだカラフルなナフキンと美しい絵皿ー
その後、私は南仏柄のお皿を、母は華やかなナフキンを愛用していました。

さらにその何年も後に、私はパリで料理の勉強をすることになりました。料理学校に入学したものの、一番興味があったのは家庭料理だったのは、アンが作ってくれた料理をみなで囲んだ経験が私にとってかけがえのないものだったからに違いありません。

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by chez-maman | 2018-02-12 10:28 |
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